円通寺 半日の光の変化(午前)
前回作成のモデルに時間の要素を加えました。
夜明けから正午までを6秒で表現しています。
薄暗い夜明け前から始まり、朝焼けや午前中の逆光の中での比叡山のシルエットを経て、天空光が満ち溢れ太陽光があたって山肌が緑に輝く正午近くへの変化を動画にしてみました。
写真ではわからない自然の光の移ろいが表現されていると思います。
フォーマットはWMVです。
下記リンクをクリックするとファイルがダウンロードできます。
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前回作成のモデルに時間の要素を加えました。
夜明けから正午までを6秒で表現しています。
薄暗い夜明け前から始まり、朝焼けや午前中の逆光の中での比叡山のシルエットを経て、天空光が満ち溢れ太陽光があたって山肌が緑に輝く正午近くへの変化を動画にしてみました。
写真ではわからない自然の光の移ろいが表現されていると思います。
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比叡山の借景で有名なお寺 京都 岩倉の円通寺のシミュレーションモデル。
室町時代に後水尾天皇によって離宮として作られたが、現在は禅宗(臨済宗)のお寺になっている。
比叡山に対面する山の斜面を削って建っているが、あまり交通の便はよくない。
この交通の便が悪いために借景である比叡山との間に高い建物が建たずに借景が守られてきたのかもしれない。
しかし、2000年ごろから開発が始まり近辺も都市化が進んできたらしい。京都市が借景を守るために景観条例を作ったと聞いたが、現在どうなっているかわからない。
ここの景観はすばらしい。30年も前に行ったときの感動を鮮明に覚えている。垣根と杉の高木で切り取られた空間の真ん中に比叡山がすぐ近くに見える。というか、比叡山しか見えない。京都にいればどこからでも見える比叡山がここからは特別に違ったものに見える。
是非この景観を守りたいと思う。
資料が少なく、国土地理院のウォッ地図で比叡山との位置関係、USGSの高度データで比叡山の形、googlemapの航空写真から庭の位置関係を割り出した。
が、写真と比べると、樹木の位置や形はともかくとしてもかなり違うしまだまだ要素が足りない。たとえば庭石や垣根の奥の竹やぶや紅葉など。
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前回のモデリングでは実際の写真と比べ富士山の位置がおかしかったが、原因をあれこれ考えてみると、取り込む情報の処理に間違いがあった。
下図は前回のモデリングで元になった高度情報を含んだ地形図
正方形に表示されている。表示範囲は東経138度-139度北緯35度-36度の範囲でどちらも角度1度であるから正方形で正しいように思うが、緯度が高くなるにつれて経度1度の距離は変わってくる。実際計算してみると北緯35度上で経度一度の距離は90.9kmとなる。それに対し緯度1度差の距離は110.9kmだからかなり長方形のはずだ。
しかも、球状であるからこんなことになる。
このデータを基にもう一度やり直したのが下図
今度は134号のど真ん中に富士山が現れた。
もう一度写真と比べると
富士山のプロポーションが違っている。かなり扁平だ。高度情報のメッシュの荒さのためか、まだやり方に間違いがあるのかもう少し探ってみることにする。
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フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会とシエナのドゥオーモ
フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会
シエナのドゥオーモ
イタリア トスカーナ地方を代表するゴシック?様式の教会だが、中世 この二つの都市国家は互いに競い合っていた。
フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会は建替えの度に大きくなりドームは世界一の大きさである。
ドーム
シエナはフィレンツェに対抗するため現在のドゥオーモの身廊を翼廊として90度向きを変えた改修を試みサンタ・マリア・デル・フィオーレより大きな教会を作ろうとしたが、ペストの流行などでシエナの財政が圧迫され途中で中止されたまま現在にいたっている。
工事途中の側廊
教会の向きを90度変えるということは祭壇を南西向きから南東向きに変えることになる、なかなか増築の発想が面白いと感じた。
現在の広場には工事途中の側廊が残っているが、教会内部にある白と緑の大理石のストライプと比べてストライプの幅は粗く装飾も簡素になっている。もしこのまま造られたとしたらサンタ・マリア・デル・フィオーレと似たインテリアになり現在のシエナの内部の様な密度の高さはなくなっていたのではないだろうか。
シエナのドゥオーモの内部空間
この2つの教会はゴシック様式といわれるが、イギリス・フランス・ドイツにある聖堂とはかなり趣が異なっており、正面の装飾を除きどちらかというとロマネスク様式に近いと感じた。もっともサンタ・マリア・デル・フィオーレの正面は1700年代の改修だそうだ。
教会の向きもイギリス・フランス・ドイツのゴシック様式はそろって西を正面にしているが、イタリアの教会はあまりこだわりがないように思う。
以下の航空写真はいずれも北が上の同一スケール
アミアン大聖堂
パリ ノートルダム大聖堂
ケルン大聖堂
ミラノ大聖堂
ランス大聖堂
ウエストミンスター寺院
サンシュルピス教会(パリ) ダビンチコードで有名になった教会
西を正面にするやり方は初期のロマネスク様式からでカロリング朝フランク王国(現在のフランス)から始まっており、国王の席を西構えと呼ばれるツインタワー棟の2階に置き西日を背にして国王に後光が差しているように見える演出から始まったようだ。、ミラノは西向きでフライングバットレスなど典型的なゴシック様式だが西正面のツインタワーがない。イタリアの教会建築までは西構えは反映されなかったようだ。
サンマルコ寺院
サンタマリアノべーラ教会(フィレンツェ) 南向き
サンロレンツォ教会(フィレンツェ) 東向き
サンピエトロ寺院
イタリアの寺院建築には西構えははっきりしないが大きなドームがある寺院が多い。
自分なりに解釈すると、ドームは古代ローマからある建築様式でローマのパンテオン神殿はドーム建築の典型である。頂部に空いた穴から差し込む日光は窓のないドーム周囲にスポットライトを当て大変感動を与える。イタリアの教会建築は多かれ少なかれこのドーム様式を受け継いで作られているように思う。
パンテオン神殿
ドーム様式は東ローマ帝国の首都であったイスタンブール(コンスタンティノーブル)のハギヤソフィアなどビザンチン建築に影響を与え、それがベネチアのサンマルコ寺院の正十字平面やドームが乗った様式に影響しているのではないかと思っている。
ゴシック建築の西が正面というのも、前述のフランク国王のためではなく、東から昇る太陽を祭壇の後ろから入れるために東に祭壇を持ってきたかったからではないだろうか?
上のシエナのインテリアは祭壇の方向を見ているが、丸い窓は装飾性に欠け採光のために設けられているデザインで直射が入るのではなく北向きの天空光が似合っている。
その代わりにドーム頂上に明かり窓がある。これは古代ローマのドーム建築から受け継がれたものであり、ゴシック建築と呼ばれながらも、ゲルマン民族の作り上げたゴシック様式とは異なる様式の建物になっている。
シエナのドーム見上げ
下の写真はパリのノートルダムの祭壇だが、ステンドグラスで装飾され、ここに直射が当たると光芒が生じ、神の存在を示す空間になる。
パリ ノートルダム インテリア
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道と広場の空間構成
イタリアの中でも中世都市国家の形態を残した町では、細い路地を進んでいくと突然目の前に広場空間が広がる。
幾度となく建築関係の文章で呼んだフレーズであるが、実際に体験すると本当に感動する。道は道路際いっぱいに建った建物の落とす影の空間、しかも道幅が狭く直線が続かないため見通しが利かない。対して広場は光にあふれている。また、突然現れるという意外性も感動の一因かもしれない。
狭い路地からの解放感と同時に影の世界から光に世界への突然の変化が心地よいのだと思う。
ベネチア サンマルコ広場近くの路地
サンマルコ広場
フィレンツェ サンロレンツォ教会前の道
サンロレンツォ教会
ベネチア・フィレンツェなどと並び道と広場の空間構成で有名なのはシエナであろう。
カンポ広場を中心にした都市国家で他の都市とは違い山岳地帯にあるため坂も加わり魅力となっている。
シエナの路地
シエナ 路地から見るマンジャの塔
カンポ広場直前のブッブリコ宮とマンジャの塔
カンポ広場
カンポ広場航空写真(google map)
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建築規制と景観
リアルト橋からのベネチアの街並み
日本の京都などにみられる町屋は2階建てで、瓦の勾配屋根が道から見えるのが普通の感覚である。その結果、日本人の馴染みの街並みとは道幅に比べて両側の建物は高くなく道には日が当たっている様であり、それは長い歴史の中で醸造されてきたものだろう。
これは多分に、日本家屋は木造軸組みであり火災に弱く延焼防止から道幅もある程度取る必要があったし、地震が多く構造上2階建てが限度だったためと思われる。現在日本の建築基準法の道路斜線制限という考え方は、この都市景観から発想されたものではないかと思っている。
道路斜線制限
対して、組積造の建築が発達したヨーロッパの都市では、軸組みと違って採光のための開口部が制限される組積造の建物に暮らしているがために、道のための採光より道に面して壁面積が最大限とることによって建物への採光を優先させると同時にパティオ形式としてパティオからも採光できる平面の考え方が出てくるのだろう。
ローマの航空写真(google map)パティオ形式がよくわかる
京都の町屋は、道に面した正面は格子をはめた大開口を設け採光を十分取っているが奥行きが長いためパティオと同じように坪庭があり、坪庭からの採光を考えて作られている。
道幅に関係なく一定高さの建物が敷地いっぱいに立ち、道への採光は考慮されず影を生み、細い路地を進んで突然現れる広場が光と安らぎを与えるという景観が町全体に形成されている。この景観は、中世都市国家の面影をそのまま残すシェナやベネチアに顕著である。
シエナの街並み
ベネチアの街並み
それに比べてローマはある程度の道幅があり自然発生的な街並みというよりある程度都市計画の中で発達した都市に思えるが、フランスのパリに比べると古代都市が所々残るためはっきりとした秩序が見えない。スカイラインの統一など基本的な景観は保全されているが古代ローマとルネッサンス期の建物が並ぶとすれば無理はないかもしれない。
ローマの街並み
ローマの航空写真(軸ははっきりしないが街の色があらわれている)
パリの航空写真(ローマに比べて都市軸がはっきりしている)
シエナの航空写真(地形に合わせた自然の形態で都市ができている)
その反面、高層ビルが全く無い。パリであればデファンスのように高層建築が立ち並ぶ地域があるのだがローマには無い、ローマだけでなくフィレンツェにももちろんベネチアにも無い。都市全体に厳しい建築規制がかけられていることが容易に想像できる。単なる高さ制限ではなく建替えそのものを規制しているように思われる。地震がないからこそであるが美しい。
サンピエトロ寺院から見たローマ市街(スカイラインは統一されている)
パリ市街 凱旋門からみたシャンゼリゼ通り(遠くに高層街のデファンスが見える)
東京を見てみると時代時代で考え方が変わりそれが幾重にも重なってすっきりした秩序が見えない。時代ごとにその時代の理屈や規制でで作られた建物が混在するため雑然とした印象を与える。
東京新宿区の航空写真 大きなビルと戸建て住宅が混在、戸建ての瓦の色も赤・青。緑とさまざま →街の色はグレー(色が混じった結果濁ってしまったグレー)
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書き込みはほぼ1カ月ぶりになるが、8月はイタリアに行っていたため書き込みできなかった。イタリアで見て感じたことがいろいろあるためまとまったら書き込みします。
ところで前回、パシフィックホテルの客室から見える景色をシミュレートしたが、大事なものが抜けていた。
富士山である。
国道134号を西へ走っていると、冬の空気が澄んだ時期だと真正面に富士山が見える。これを入れ込まないと感じが出ない。
地図上で計ると富士山までの距離は61km(東京まで国道1号線に60kmの表示があるので東京都富士山の中間ということになる)
富士山の高さは3775mだから仰角3.54度となる。
上の写真はgoogle mapであるが、茅ヶ崎と富士山の間は箱根と丹沢の間(御殿場)を超えて見えていることになる。
USGS(アメリカの地質調査機関)が地形データを無償で提供しているのでこの部分のデータを取得し、画像処理すると
これの太陽光による影を取り除き、グレー階調に変更すると
こうなる。
この地形データを3Dモデリングソフトに読み込ませ、距離と縮尺を合わせれば
出来上がり。
なんとなく実際より大きく見えているが、今度天気の良い日にカメラ位置から写真を撮って比べてみようと思う。
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サザンオールスターズの曲のタイトルだが、1960年代から1980年代にかけて茅ヶ崎に実在したホテルの名前。
国道134号線(相模湾沿いを通っている国道で通称サーファーズラインというらしい)沿いに建てられたホテルで、設計は菊竹清訓だそうだ。
建築はメタボリズムっぽい外観でらしさが出ている。
ホテルはプールやボウリング場を備えたリゾートホテルだったようだ。
茅ヶ崎に20年弱住んでいるが、住み始めた頃は、134号を藤沢から茅ヶ崎方面に走ると廃墟になったパシフィックホテルを見ることができた。いつの間にか解体されて今は、パシフィックパーク?というマンションになっている。
当時はこのホテルのことを知らなかったが、2000年にサザンオールスターズが茅ヶ崎ライブを行い、その記念に同曲を発表したことで有名になった。
茅ヶ崎の市民球場で行われたライブの入場券には茅ヶ崎市民枠があり、抽選だが高い確率で当選でき参加できたのでよく覚えている。
しかしホテルの資料をネットで検索したがほとんど出てこないため、建物をモデリングすることは止めた。
134号沿いをgoogle mapで見ると、藤沢のはずれから茅ヶ崎、平塚のあたりだけ134号の両側に防風林の松林が残っている。江ノ島付近から東は134号のすぐそばまで建物が建っており、防風林は見られないし、平塚から先は、134号が西湘バイパスに代わりなぜか防風林は消えてしまう。
建物が建っていた場所は今でも高層建物は無いため、当時もこのホテルだけがひときわ高くたっていたはずで、ホテル高層部から国道134号線や海岸の眺めはすごくよかったと想像される。
高層の客室から西の方角を見たところをモデリングしてみた。
防風林の手前が何もなくて現実離れしているが、かなり眺めがよかったと想像される。
ついでに134号を走っているときの景色は
こんな感じになるが、確かに今134号を走ってみても辻堂のあたりからはこんな感じでかなり寂しい印象だ。
このページは下記のソフトで制作しました。
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週末を過ごす別荘に行くため、夕暮れ時の靄のかかったラグーンにクルーザーをゆっくり走らせていたが、居間につるしたペンダントの明りが道しるべになって方向を見定め、今さっき着岸したばかりの光景。
になってしまったが、本来のテーマは“洪水”だった。絵として面白いのが出来たので急きょタイトルを変更した。
実は洪水で湿地帯に建っている住居が浸水したところである。
この絵を作ったきっかけはミース設計のファンズワース邸だ。
Farnsworth邸はイリノイ州の湿地帯に建っており、しばしば洪水に見舞われる土地のようだ。ミースは設計するにあたり1階の床を1.5m地盤面より上げた設計をした。
洪水時の写真。
この建物を見ているとそんなに床が上がっているようには見えない。アプローチのテラスと軽快な階段でうまく高低差を処理しているためだ。
ファンズワース邸は、その究極のディテールで世界中に知れ渡っているが、ちゃんと出水に対する処理をデザインで消化しているところがまた素晴しいと思う。
しかし、2008年秋の大雨はすごかったようで床上浸水してしまったようだ。
その時の写真がこれ。
たぶん1.5mという数字は、過去の出水履歴を調べそれに余裕を持たせた設計なのだと思う。それが近年の地球規模の変化で床上まで水が来てしまったのだろう。地球温暖化の影響がこんなところにも表れているのだろうか?
前に掲載した、ピロティ形式の住居はたぶん、洪水には強いがそのためのレベルのデザイン処理は全然できてないと感じた。
もう一度モデルをリファインしたので、と言ってもレベルの処理は同じだが再掲する。洪水時の絵は水上住居みたいで面白いが水がないとやはりつまらない。
いっそボートを浮かべてみたらどうだろうか? で作った絵が最初の絵である。
日本でも近年ゲリラ豪雨と称される熱帯に見られるような集中豪雨がよく起るが、雨水や出水対策は、過去の最大雨量(平成12年の東海豪雨の1時間97mm)から1時間当たり100mm想定としているが瞬間的に処理能力を超えることがあるみたいだ。
出水の種類には外水氾濫と内水氾濫がある。
外水氾濫とは、海水や河川の水位が堤防を越えて、もしくは決壊して洪水となる場合で、日本ではかなり堤防の工事が進んでおり、地震で堤防が破壊されて同時に大雨が降らない限りは大都市では起こりそうもない。しかし、外水が氾濫すると、その浸水量はとてつもなく大きく、たとえば大阪の淀川の堤防が決壊すると梅田のあたりは4mほど水につかることになるそうだ。また、浸水時間も何日という単位で相当長い。ちなみに東海豪雨では河川の堤防が決壊し外水氾濫となっている。
それに対して、内水氾濫とは、降雨量が下水道の処理能力を超えてしまい、道路に水があふれる洪水のことだ。こちらは道路の高さによるが、(高架の下をくぐり抜ける様な道路だと何mになる)せいぜい何十センチの単位で、時間も短い。しかし頻度は年々多くなっており、特に地下がある建物は開口部の防潮板などの対策を十分に練っておく必要がある。
(名古屋市ホームページより転載)
この写真と前に掲載した
この絵の印象がダブってしまいます。
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久々にインテリアを作成した。前回の崖の下の家のリビングダイニングのイメージ。
木の持つ温かみを生かしたインテリアとした。
しかしこの吹き抜けのピクチャーウィンドウは、自分で設計していても夏は暑く冬は寒いだろうなと思う。
透明ガラスという素材は、太陽光の輻射熱をほとんど通してしまう。そのため夏は太陽光の熱エネルギーが直接室内に入ってくる。また、断熱性もあまりないため、外気温と室内温度の差がある時は、気温の高い方から低い方へ熱を通してしまう。
その対策として近年low-eガラスが開発された。このガラスは、2枚のガラスの間に乾燥空気を閉じ込めたペアガラスで、外側のガラスに薄い金属膜をはることで輻射熱のうち赤外線成分を多くカットできる性質を持っている。また、ペアガラスの空気層は断熱には効果があり、冬・夏とも透明ガラス一枚に比べればかなり省エネには効果があるので多く使われ始めている。
しかし借景を目的に作られたピクチャウィンドウは、できる限り透明が望ましい。low-eガラスは熱線反射ガラス(ミラーガラス)に比べれば透明性は高いが、金属膜の影響でサングラスをかけて景色を見ていることになってしまうため余り使いたくはない。
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眩暈坂(めまいざか) - 聞いたことがあると思う。京極夏彦の小説に登場する坂である。小説の主人公、清明神社の神主で古本屋の店主でもある中禅寺秋彦、その彼の店である京極堂に行くために通らなければならない坂だ。
イメージしたのは梅雨の合間の晴天の日で、時刻は正午近く 地面が熱せられて気温はぐんぐん上がるが湿度は高いままで蒸し暑く、大気中の水蒸気とチリで遠くの景色がかすんでいる。坂だけが日の光を受けて白く浮き上がっている。緩くカーブした坂は一応舗装してあるがところどころのひび割れから雑草が生えている。坂に沿って、片側はところどころ崩れかかった土塀で、奥は竹藪。反対側は、荒れ地で雑草が生え放題の状態。そんな風景をイメージした。
坂の数値データは、幅員2mで延長250m、勾配は9m登っているので角度にして2度だからそんなにきつい勾配ではない。
あらためて小説を読み返すと、少し状況が違っていた。小説では坂の両側は土塀でその奥は墓地。登りきったところは蕎麦屋でその隣が京極堂になっている。場所も東京の中野だから、私がイメージした坂とは少し違うかもしれない。
今まで、インテリア空間を中心に光と影を考えてきたが、エクステリアでの光についても考察する必要があるかななどと考えているときに眩暈坂のことを思い出した。光というよりは日向、日陰の作りだす造形かもしれない。これからは外部の景観についても取り上げてみたいと思っている。
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時間(建物が建てられてからの時間)が建築に与える影響は大きい。光と建築の関係を考察する時も時間軸を無視はできない。
古い建物が独特に持っている雰囲気は経年変化や使用感が大きく影響している。日焼け、使うことでできた傷や汚れに加え、その空間にある家具・什器も大きく影響する。建物は使用されてなんぼである。
ところで、今テーマにしている町家は、特に有名建築家が設計したわけではないが大変魅力ある造りをしている。
いや、むしろ有名建築家が設計した住宅というのはクライアントに受け入れられない場合が多い。良い例がミースファンデルローエのファンズワース邸だ。建築としての素晴らしさは右に出るものが無いが、住人にはすこぶる評判が悪い。
町家の場合は、誰か一人がアイデアを出したのではなく長い時間の中での試行錯誤からうまれた形ではないだろうか?
間口の広さで税金の額が決まった時代に間口をできるだけせまく、いわゆる鰻の寝床の平面形で節税を考慮しながら通風・採光・防火・景観など住居としての機能、デザインを見事に満足している。
通庭には竈があり火を使うが、この吹き抜け空間は火袋と呼ばれ、火事の場合に火を上に逃し隣地に延焼しにくいように工夫されている。同時に吹き抜けがこの空間の雰囲気を決定づけているともいえる。
モデルに時間軸を与えてみた。経年変化と使用感である。竣工間もない想定のモデルと並べて比較してみると、光の与え方は同じでも違った空間に見える。
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AGINGとは、辞書を引くと 老化 などと出てくる。近年、化粧品のテレビコマーシャルでアンチエージングなどと使われている。
オーディオの世界では、スピーカーやアンプの慣らし運転のことを指すこともあるらしい。
建築の世界では、経年変化とでも訳せばいいだろうか?
耐用年数が何十年も、場合によっては何百年にもなる建築の場合は、竣工時のままで存在することはなく、経年変化は避けて通れない。しかし、メンテナンスを行うことで、美しく変化させることはできる。
人が住まない住宅はすぐに朽ち果てて行くが、人が住むことによって朽ちるのではなく味が出てくるのもそのためだ。
前回、町家をモデルとした建物のイメージを造った。夜の風景では、光と闇だけで雰囲気を表現できるので、モデルに経年変化を表現する必要がなかった。
しかし、同じモデルの昼間の表情を作ってみると、
こんな感じになった。
モデル自体の完成度が低いこともあるがAGINGがない。建てられてから時間が表現されていないため味がないのである。
時間がたつにつれて、焼け・よごれ・シミ・歪み・傷 などがついてくるはずなのに、この絵には建てられてから時間がたった建物にある雰囲気がないのである。
このブログは、ひかりと建築をテーマに書いてきたため、時間にあまり気を使っていなかったが、建物のAGINGがその空間の質も変化させることをあらためて認識した気がする。
光と影が空間を表現するといっても、その空間の時間軸を抜きにしては語れないということだ。
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谷崎潤一郎の随筆のタイトルだが、日本人の光に対する感覚を良く言い当てていると思う。といっても時代がだいぶ違うために若い人にはピンと来ないかもしれない。裸電球の照明など知らない人が多いのではないか?
子供のころ祖母の家によく遊びに行った。今思うと通り庭のある町家形式の家であった。陰翳礼讃の場面と重なるところがある。中庭に面した厠に夜行くとき暗い廊下を通るのにずいぶん怖い思いをした記憶がある。
あまりよく覚えていないが記憶を頼りにこの家をモデリングしてみた。
お決まりの途中段階である。なかなかこれで完成というところまでいかず今まですべて中途半端で終わっているが、少しづつ完成に近づけていこうと思う。
夜の通り庭。裸電球の色温度の低い赤い光で照らされ、よく磨かれた黒光する柱に反射している。高い天井や、隅まで光が届かず陰がある風景になっている。
この廊下の先に厠がある。奥は光が届かず、子供にとっては妖怪や魑魅魍魎が出てきそうな雰囲気である、がどことなくこの風景に親しみがわくのは私だけだろうか?
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